ミスト法による電子デバイス作製プロセスの非真空プロセス転換。 

 環境負荷の低減を目的とした研究。電子デバイス作製プロセスを非真空プロセスであるミスト法に置き換える。
[1] M.Furuta, T.Kawaharamura, and et al. IEEE Electron Device Lett., Vol.33 (2012) pp.851-853

- 酸化物TFT -

 現在我々の身の回りに溢れているディスプレイ。それに対する要望は年々高くなるばかりである。薄膜トランジスタ(Thin film Transistor: TFT)は、現在のディスプレイの表示を制御するのに欠かせないデバイスであるが、今後更に展開される高精細化や大型化に対してこれまでの材料や構造では表示速度において既に限界が見えてきている。例えば、アモルファスシリコンTFTの移動度は、0.5 cm2/(V・s)程度であり、4K×2Kディスプレイでは、60 Hz表示の場合80型、120 Hz表示の場合50型が限界と報告されている[2]。そこで、最近になって金属酸化物を活性層に用いたTFTの開発が進められている。特に酸化インジウムガリウム亜鉛(IGZO)[3,4]、酸化インジウム亜鉛(IZO)[5]、酸化錫亜鉛(ZTO) [6]等を用いた、非晶質の金属酸化物によるTFTの開発は非常に目覚ましく、移動度が10 cm2/(V・s) を超える報告がされている。

[2] J. Y. Kwon, 日経エレクトロニクス 2008.5.5 (2008) pp.93-104
[3] K. Nomura, H. Ohta, A. Takagi, T. Kamiya, M. Hirano, and H. Hosono, Nature, Vol.432 (2004) pp.488.
[4] M. Kimura, T. Nakanishi, K. Nomura, T. Kamiya, and H. Hosono, Appl. Phys. Lett., Vol.92 (2008) pp.133512.
[5] N.L. Dehuff, E.S. Kettenring, D. Hong, H.Q. Chiang, J.F. Wager, R.L. Hoffman, C.-H. Park, and D.A. Keszler, J. Appl. Phys., Vol.97 (2005) pp.064505.
[6] H.Q. Chiang, J.F. Wager, R.L. Hoffman, J. Jeong, and D.A. Keszler, Appl. Phys. Lett., Vol.86 (2005) pp.013503.

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- 非真空プロセス転換の課題 -TFT- -

 一方で、半導体工場の電力割合を調べてみると、13.2%もの電力を真空ポンプに費やしていることが報告されている[7]。環境負荷低減の為には、TFT作製プロセス全てを非真空プロセスに置き換える試みは非常に重要である。これまでにゾル・ゲル法やスピンコート法などによって、IGZOやIZOを活性層に持つTFT[8-11]を作製した論文も報告されて来ている(表1)。

Motivation of oxide TFT fab by non-vacuum process

 しかしながらこれらの論文でも、ゲート絶縁膜の作製にはプラズマCVD等の真空プロセスが用いられている。TFT作製プロセスの非真空化には、TFT特性を決定するゲート絶縁膜と半導体層の両層を作製するプロセスの非真空化が不可欠である。そこで、我々はファインチャネル(FC)式ミスト化学気相成長(CVD)システムを用いて酸化物TFTの作製を試みた。ミストCVD法は、先述する特性を持つため、ゾル・ゲル法やスピンコート法等が問題とする他層への影響無くして、連続して薄膜を積層させることが可能であるというメリットを持つ。また、スピンコートのように適切な膜厚にする為に数回に亘る処理を必要としない。
Motivation of oxide TFT fab by Mist CVD

[7] 設備エネルギー削減研究会(ISMI) 2008.
[8] K-B. Park, J-B. Seon, G.H. Kim, M. Yang, B. Koo, H.J. Kim, M-K. Ryu, and S-Y. Lee, IEEE Electron Device Lett., Vol.31 (2010) pp.311.
[9] P.K. Nayak, T. Busani, E. Elamurugu, P. Barquinha, R. Martins, Y. Hong, and E. Fortunato, Appl. Phys. Lett., Vol.97 (2010) pp.183504.
[10] Y.S. Rim, D.L. Kim, W.H. Jeong, and H.J. Kim, Appl. Phys. Lett., Vol.97 (2010) pp.233502.
[11] G.H. Kim, B.D. Ahn, H.S. Shin, W.H. Jeong, H.J. Kim, and H.J. Kim, Appl. Phys. Lett., Vol.94 (2009) pp.233501.

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- 酸化物TFTの構造及び作製プロセス -

 TFTの構造及びその作製フローを以下に示す。まずスパッタリングを用いてゲート電極(クロム(Cr)や酸化インジウム錫(ITO))を配線し、ゲート絶縁膜(AlOx)と活性層(IGZO)とをミストCVD法で作製した。AlOx薄膜の作製温度は430°Cで、厚みは116 nm、IGZO薄膜の作製温度は350°C、調合時原料混合比は1:1:1、厚みは47 nmである。その他の薄膜作製条件は、文献[1]を参照してもらいたい。パターン形成は全てウェットエッチングを用いた。その後フォトレジストにより活性層をパターン形成し、スパッタリングを用いてソース・ドレイン電極(酸化インジウム錫(ITO))を配線した。この時ソース・ドレイン電極はリフトオフプロセスによりパターン形成した。最後に活性層を還元処理するために、H2とN2の混合ガス雰囲気下350°Cにて1時間熱処理をした。本実験においてはIGZO薄膜への影響を考慮し、パッシベーションは行っていない。今回作製した酸化物TFTのチャネル幅と長さの関係はW/L = 30/45 (μm/μm)である。測定は、全て室温の暗室で行った。

fabrication process of oxide TFT
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- 酸化物TFTの特性(110927の結果) -

 作製した酸化物 TFTの出力特性と伝達特性を以下に示す。出力特性の結果より低ドレイン電圧領域でのドレイン電流の線形性が確認でき、IGZO薄膜とソース・ドレイン電極間の接触は良好で有ることが分かる。伝達特性から、最小ドレイン電流1.8 pA、電界効果移動度: μlin = 4.2 cm2/(V・s)、及びオン/オフ比: > 108、ゲート電圧20 V時のリーク電流: < 1 pA、ドレイン電流10~100 pA間のサブスレッショルド係数: S = 0.55 V/dec.、ドレイン電流1 nA時のヒステリシス: ΔVH) = 1.47 Vであった。これまでに報告されている大気圧手法で作製されたIGZO TFTと同程度の性能の酸化物TFTを作製できたと言えるが、移動度やサブスレッショルド係数(S)、ヒステリシス(ΔVH)は、改善の余地がある。S値が報告されているスパッタリングで作製したIGZO TFTと比較して大きいこと、また時計回りのヒステリシスが見られる事から、IGZO/AlOx界面での準位や電子トラップの存在を示唆している。本実験ではIGZOとAlOx薄膜で最適成膜温度が異なるため、AlOx薄膜作製後IGZO薄膜作製までの間、大気中に放置している。その為、IGZO/AlOx界面やIGZO薄膜中にトラップが形成されていることは否めない。それに加え、作製温度がまだまだ430°Cと高い点や、薄膜中への原料の残存などが否定できない。

results of oxide TFT 110927
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- 酸化物TFTの特性の改善(121130までの結果) -

 上記結果を踏まえ、界面の改善、作製温度の低温化、薄膜の改善などを試み、現在、電界効果移動度: μlin ≈ 8 cm2/(V・s)、サブスレッショルド係数: S ≈ 0.3 V/dec、ヒステリシス: ΔVH) ≈ 0.5 V程度まで向上させることに成功した(下図)。近いうちに詳細を報告する。

improvement oxide TFT 110927-121130
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- 更新履歴 -
121215 公開
121218 酸化物TFTの特性の改善追記